2012年09月22日 04:24
ご無沙汰しております、さとぅです。
リマにきて半年が経ちました。
基本的には研究に集中していますが、最近は
時々音楽を聴く&弾く余裕も出てきてました。
数年前からハマっている、ゆらゆら帝国のフロントマン、
坂本慎太郎氏のインタビューが面白かったので、翻訳してお届けします。
先日公開されたばかりのものです。
やや質疑が噛み合ってないような箇所もあるんですけれど、非常に面白い記事です。
著作権的にアレだったら、その時に削除します。
ゆらゆら帝国の頃のようなFuzzサウンドは姿を消していますが、
いいメロディ、歌詩、抑制された演奏で、僕は大好きです。
(※インタビュー部分のみの翻訳です)
イ:眉毛剃ってみて発見したこととかって、あります?
坂本:最初はカミソリでそってたんですよ。でも割礼ってバンドのメンバーが眉毛そってて有名だって知って、区別するためにハサミで眉毛を短くすることにしました。眉毛そっちゃうとね、ライヴやってる時汗がダイレクトに目に入ってきて、これが非常に辛いんです。眉毛剃ってみて、彼らが顔の中で果たしていた重要な役割を発見しましたね。
(※いきなりこの質問。爆笑しました)
イ:初期のゆらゆらファンは、バンドへの連帯を示すべく眉毛をそっていましたね。で、あなたはそういうのは好きじゃない、と言っていた。この手の崇拝は有害だと、あなたは考えていますか?
坂本:誰かを崇拝するのも、されるのもすごく嫌ですね。薄気味悪いし、おっかない。ロックコンサートの典型的な光景にはいつも落ち着かない気分をあじわってきたんです。つまり、ステージ上のカリスマを中心に宗教的な集まりが行われてて、聴衆はアーティストの信奉者、みたいな光景。でも同時に、自分らのコンサートもそんな感じになりつつあるという矛盾に苦しんでました。それで、ステージの中央にいる人間が、つまり僕ですが、それがただの穴になれば、クールなんじゃないかと思ったんです。このアイデアがゆらゆら帝国の最後のアルバム「空洞です」につながったんです。
イ:あなたは今回のアルバムについて、「普通の曲を普通の人が演奏しているんだけど、音楽の中に生きている人の痕跡がない」ようにしたい、と言っていましたね。それは音楽表現のとてもピュアな一形式のように見えます。あまりにピュアなので実際のミュージシャンが最早その一部として存在していないような。あなたの、純粋さを追及する長いキャリアにおいて、今回のようなアルバムを作る動機になったのは、こうした考えなのでしょうか?
坂本:曲を作る時の一番重要な動機は、自分自身が今まで作ってきたものよりも良い曲を聴きたい、そして自分の曲で感動したい、というものです。それと、不確かなもの・どこから生まれたのか理解できない何か、作り手の意図がはっきりしないものに出くわした時ってすごく感動するんですよ。まあここには矛盾もあって、何かを意図することなしに何かを生み出すことは不可能なんですけど。僕が正気を失えば、可能かも知れないですが。多分、正気を保ったまま、そこからどこまで遠くに行けるか、という面で自分に挑戦していると言えるかも知れないです。
イ:あなたはこうも言っていましたね。「自分が死んでるって気付いてない大量の死人が、音楽を演奏して楽しんでるようにきこえる」っていうアルバム評を気に入っていると。もし、あなたの次のアルバムが「ついに自分が死んでることに気付いた死者たち」のように聞こえるとしたら、サウンドはどんなふうに変化するでしょう?
坂本:そのアルバム評は、アルバムを聴いた後で友達が僕に言ったものですけど、とても気に入ってます。何が良いって、死人たちがただ死んでるんじゃなくて、死んでるってまだ気付いてないって所ですね。これは第三者の見解で―だって当事者が死んでる事に気付いた時点でこの見解は成立しなくなりますしね。ですから、死んでることに気付いちゃったら、サウンドはがらっと変わるでしょうね。それがどんな音楽になるのか分かりませんけど、生きてる僕らの耳には、それは音楽として認識することも出来ないんじゃないですかね。
イ:ゆらゆら帝国という名前は、我々の訳が正確であれば、「非現実の帝国」というコンセプトと結びついていると思います。そしてあなたは別のインタビューで新作を、空想上のクラブかどこかで演奏している特定の国籍のないバンドと結びつけていました。存在しない、とか、非現実というものに対してあなたが感じている魅力はどんなものですか?それはデトロイトサウンドとか、ニューヨークサウンドを再現しようとしているバンドの進化系のようなものですか?それとも、存在しない場所のためのサウンドというのを作ろうとしている?
坂本:僕は、現実世界で生きてるな、と感じることに基づいて音楽を作ってますけど、それを音楽を通じてストレートに表現するのはあんまり好きじゃないんです。「良い嘘」ってのは「つまんない現実」よりも楽しいし、音楽的だと思うんですよ。それに、空想の世界についての曲が、現実的なメッセージソングよりも現実世界の本質をつかんでより正しく響くってことが時にはあると思うんです。
イ:あなたの曲やアルバムタイトルは、超自然的なものへのある種の魅惑を示していると思います。あなたはこの世界への不満、あるいは無関心が原因で、別の世界に対して興味を持っているのでしょうか?Is this an idea you’re exploring to see where it takes you, or an idea that’s already a part of you that you’re expressing?(※後半2文はうまく訳せず。thisは何を指しているんでしょう)
坂本:曲を作る時、死はいつもコンセプトの一つとしてありますね。新作では、死と生を、極力感情的にならずに、フラットな形で捉えようとしたんです。今は多くの日本人が、絶望とか、出口のない罠にかかった、みたいな感覚を共有してるんじゃないかと僕は感じています。「幽霊の気分で」という曲は、自分自身をきつい現実と非現実の世界の間に、また生と死の間に置くことで、辛うじてポジティヴな気分を保って生きる技術、みたいなものを歌った曲です。日本のマンガ家、水木しげるのインタビューからインスピレーションを受けてまして、彼が言ったことを正確に覚えてるわけじゃないんですけど、こんな感じのことを言ってたんですよ。「自分は半分死んでる。半分死人の視点で世界を見てみると、何でも楽しいよ」と。
イ:水木しげるは最近、「日本は伝統的な感覚を失ってしまった」と言っているのが引用されていましたよ。あなたのしていることにとって、伝統は重要ですか?
坂本:僕のしてる事に伝統は重要じゃありません。でも、伝統的な文化が死に絶えつつあると考えると悲しいですね。で、無責任ながら誰かがそれを引き継いでいってくれないかなと思っちゃいます。
イ:あなたはかつてこう言っていました。ゆらゆら帝国は「普通の人」にむけて音楽をやっていると。どういう意味でしょう?新作はそういう人々に向けられているのですか?
坂本:僕が言いたかったのは、ゆらゆら帝国は熱心な音楽ファンだけじゃなくて、あらゆる種類の人、子供も含めてね、そういう人々が楽しめるように音楽を作り演奏してた、ということです。これは僕にとっては普通のことなんです。だって、自分が聴いてきた音楽はそうだったから。例えばT-Rexとか。自分が音楽を作るとき、特定の人々のために作るってことはしません。ただ自分が聴きたい音楽を作るんです。僕が信頼する親しい友達が、自分の作った作品に対してどう思うかについてはいつも関心がありますよ。でも、そこから先は、どんな人が聴いてくれるのか、知りようがないです。このアルバムは前より個人的なアルバムですけど、僕の考え自体は前と同じです。
イ:このアルバムはゆらゆら帝国の頃よりもサイケ度は低いと思います。人々はもうサイケデリアを卒業しちゃったと思います?サイケな要素を捨てることで得られる自由みたいなものがあるのでしょうか?
坂本:うーん僕にはわかんないです。ファズサウンドやテープエコーをサイケデリアと結びつけることが出来るなら、あなたの言ってることは正しいかも知れないけど。
イ:新作でサックス吹いてるのは誰でしょう?素晴らしい演奏ですけど、あなたはどんな指示を出したんですか?
坂本:サックスはニシウチ・テツさんです。彼は主にレゲエシーンで活動してます。特に指示は出してないんですよ。彼は殆どいつもワンテイクであのサウンドを出してくれました。僕のアイデアは抽象的で、言葉にするのは難しいんですね。でもアルバムに参加したミュージシャンは、僕のだした少しのキーワードから、まさに僕の欲しいサウンドを作り出してくれました。だから、僕は一緒に仕事する人は注意深く選ぶんですけど、その人選が終わったらもう細かい指示はしなくていいんです。
イ:日本のコレクターはLAに来ると、非常にしばしば、地元の人が気にもかけないようなレコードを買っていきます。数年前に、ニューエイジ・イージーリスニング系を大量に買い込んだ人がいましたけど、それらはLAのバイヤーからは完全に無視されていたものでした。アメリカ人が過小評価しているアメリカのアルバムって何でしょう?
坂本:1989年か90年だったかな、Peter Iversの「ターミナルラブ」を聴いてショックを受けたんですけど。それ以降このアルバムはずっとお気に入りなんですね。このアルバムが、日本の音楽ファンには高く評価されてたけどアメリカではそうでもない、ってのは聞いたことがあります。当時、「ターミナルラブ」は完全に謎の世界発の音楽に聴こえたんですよ。宇宙的にも、超ミクロにも聴こえたし、同時にすごくセクシーだったんですよね。それで繰り返し繰り返しきいたんですけど、全然飽きない。今に至るまで、こういうアルバムは他に出会ってなくて。もし誰か知ってる人がいたら教えてほしいんですけど。
イ:24時間フリーな時間が与えられたとしたら、アメリカのどこで過ごしたいですか?携帯なし、責任なし、ただ自由に探索するとして。
坂本:サンフランシスコかな。音楽仲間が、SFは世界一くるってる、って言ってたんで。SFの太陽の下でビール飲みながら、何もせずにリラックスしたいですね。それに飽きたらレコード屋に行って。夜はまたビール飲んでリラックス。
※「幽霊の気分で」についての解説が、個人的にはとても気に入っています。
リマにきて半年が経ちました。
基本的には研究に集中していますが、最近は
時々音楽を聴く&弾く余裕も出てきてました。
数年前からハマっている、ゆらゆら帝国のフロントマン、
坂本慎太郎氏のインタビューが面白かったので、翻訳してお届けします。
先日公開されたばかりのものです。
やや質疑が噛み合ってないような箇所もあるんですけれど、非常に面白い記事です。
著作権的にアレだったら、その時に削除します。
ゆらゆら帝国の頃のようなFuzzサウンドは姿を消していますが、
いいメロディ、歌詩、抑制された演奏で、僕は大好きです。
(※インタビュー部分のみの翻訳です)
イ:眉毛剃ってみて発見したこととかって、あります?
坂本:最初はカミソリでそってたんですよ。でも割礼ってバンドのメンバーが眉毛そってて有名だって知って、区別するためにハサミで眉毛を短くすることにしました。眉毛そっちゃうとね、ライヴやってる時汗がダイレクトに目に入ってきて、これが非常に辛いんです。眉毛剃ってみて、彼らが顔の中で果たしていた重要な役割を発見しましたね。
(※いきなりこの質問。爆笑しました)
イ:初期のゆらゆらファンは、バンドへの連帯を示すべく眉毛をそっていましたね。で、あなたはそういうのは好きじゃない、と言っていた。この手の崇拝は有害だと、あなたは考えていますか?
坂本:誰かを崇拝するのも、されるのもすごく嫌ですね。薄気味悪いし、おっかない。ロックコンサートの典型的な光景にはいつも落ち着かない気分をあじわってきたんです。つまり、ステージ上のカリスマを中心に宗教的な集まりが行われてて、聴衆はアーティストの信奉者、みたいな光景。でも同時に、自分らのコンサートもそんな感じになりつつあるという矛盾に苦しんでました。それで、ステージの中央にいる人間が、つまり僕ですが、それがただの穴になれば、クールなんじゃないかと思ったんです。このアイデアがゆらゆら帝国の最後のアルバム「空洞です」につながったんです。
イ:あなたは今回のアルバムについて、「普通の曲を普通の人が演奏しているんだけど、音楽の中に生きている人の痕跡がない」ようにしたい、と言っていましたね。それは音楽表現のとてもピュアな一形式のように見えます。あまりにピュアなので実際のミュージシャンが最早その一部として存在していないような。あなたの、純粋さを追及する長いキャリアにおいて、今回のようなアルバムを作る動機になったのは、こうした考えなのでしょうか?
坂本:曲を作る時の一番重要な動機は、自分自身が今まで作ってきたものよりも良い曲を聴きたい、そして自分の曲で感動したい、というものです。それと、不確かなもの・どこから生まれたのか理解できない何か、作り手の意図がはっきりしないものに出くわした時ってすごく感動するんですよ。まあここには矛盾もあって、何かを意図することなしに何かを生み出すことは不可能なんですけど。僕が正気を失えば、可能かも知れないですが。多分、正気を保ったまま、そこからどこまで遠くに行けるか、という面で自分に挑戦していると言えるかも知れないです。
イ:あなたはこうも言っていましたね。「自分が死んでるって気付いてない大量の死人が、音楽を演奏して楽しんでるようにきこえる」っていうアルバム評を気に入っていると。もし、あなたの次のアルバムが「ついに自分が死んでることに気付いた死者たち」のように聞こえるとしたら、サウンドはどんなふうに変化するでしょう?
坂本:そのアルバム評は、アルバムを聴いた後で友達が僕に言ったものですけど、とても気に入ってます。何が良いって、死人たちがただ死んでるんじゃなくて、死んでるってまだ気付いてないって所ですね。これは第三者の見解で―だって当事者が死んでる事に気付いた時点でこの見解は成立しなくなりますしね。ですから、死んでることに気付いちゃったら、サウンドはがらっと変わるでしょうね。それがどんな音楽になるのか分かりませんけど、生きてる僕らの耳には、それは音楽として認識することも出来ないんじゃないですかね。
イ:ゆらゆら帝国という名前は、我々の訳が正確であれば、「非現実の帝国」というコンセプトと結びついていると思います。そしてあなたは別のインタビューで新作を、空想上のクラブかどこかで演奏している特定の国籍のないバンドと結びつけていました。存在しない、とか、非現実というものに対してあなたが感じている魅力はどんなものですか?それはデトロイトサウンドとか、ニューヨークサウンドを再現しようとしているバンドの進化系のようなものですか?それとも、存在しない場所のためのサウンドというのを作ろうとしている?
坂本:僕は、現実世界で生きてるな、と感じることに基づいて音楽を作ってますけど、それを音楽を通じてストレートに表現するのはあんまり好きじゃないんです。「良い嘘」ってのは「つまんない現実」よりも楽しいし、音楽的だと思うんですよ。それに、空想の世界についての曲が、現実的なメッセージソングよりも現実世界の本質をつかんでより正しく響くってことが時にはあると思うんです。
イ:あなたの曲やアルバムタイトルは、超自然的なものへのある種の魅惑を示していると思います。あなたはこの世界への不満、あるいは無関心が原因で、別の世界に対して興味を持っているのでしょうか?Is this an idea you’re exploring to see where it takes you, or an idea that’s already a part of you that you’re expressing?(※後半2文はうまく訳せず。thisは何を指しているんでしょう)
坂本:曲を作る時、死はいつもコンセプトの一つとしてありますね。新作では、死と生を、極力感情的にならずに、フラットな形で捉えようとしたんです。今は多くの日本人が、絶望とか、出口のない罠にかかった、みたいな感覚を共有してるんじゃないかと僕は感じています。「幽霊の気分で」という曲は、自分自身をきつい現実と非現実の世界の間に、また生と死の間に置くことで、辛うじてポジティヴな気分を保って生きる技術、みたいなものを歌った曲です。日本のマンガ家、水木しげるのインタビューからインスピレーションを受けてまして、彼が言ったことを正確に覚えてるわけじゃないんですけど、こんな感じのことを言ってたんですよ。「自分は半分死んでる。半分死人の視点で世界を見てみると、何でも楽しいよ」と。
イ:水木しげるは最近、「日本は伝統的な感覚を失ってしまった」と言っているのが引用されていましたよ。あなたのしていることにとって、伝統は重要ですか?
坂本:僕のしてる事に伝統は重要じゃありません。でも、伝統的な文化が死に絶えつつあると考えると悲しいですね。で、無責任ながら誰かがそれを引き継いでいってくれないかなと思っちゃいます。
イ:あなたはかつてこう言っていました。ゆらゆら帝国は「普通の人」にむけて音楽をやっていると。どういう意味でしょう?新作はそういう人々に向けられているのですか?
坂本:僕が言いたかったのは、ゆらゆら帝国は熱心な音楽ファンだけじゃなくて、あらゆる種類の人、子供も含めてね、そういう人々が楽しめるように音楽を作り演奏してた、ということです。これは僕にとっては普通のことなんです。だって、自分が聴いてきた音楽はそうだったから。例えばT-Rexとか。自分が音楽を作るとき、特定の人々のために作るってことはしません。ただ自分が聴きたい音楽を作るんです。僕が信頼する親しい友達が、自分の作った作品に対してどう思うかについてはいつも関心がありますよ。でも、そこから先は、どんな人が聴いてくれるのか、知りようがないです。このアルバムは前より個人的なアルバムですけど、僕の考え自体は前と同じです。
イ:このアルバムはゆらゆら帝国の頃よりもサイケ度は低いと思います。人々はもうサイケデリアを卒業しちゃったと思います?サイケな要素を捨てることで得られる自由みたいなものがあるのでしょうか?
坂本:うーん僕にはわかんないです。ファズサウンドやテープエコーをサイケデリアと結びつけることが出来るなら、あなたの言ってることは正しいかも知れないけど。
イ:新作でサックス吹いてるのは誰でしょう?素晴らしい演奏ですけど、あなたはどんな指示を出したんですか?
坂本:サックスはニシウチ・テツさんです。彼は主にレゲエシーンで活動してます。特に指示は出してないんですよ。彼は殆どいつもワンテイクであのサウンドを出してくれました。僕のアイデアは抽象的で、言葉にするのは難しいんですね。でもアルバムに参加したミュージシャンは、僕のだした少しのキーワードから、まさに僕の欲しいサウンドを作り出してくれました。だから、僕は一緒に仕事する人は注意深く選ぶんですけど、その人選が終わったらもう細かい指示はしなくていいんです。
イ:日本のコレクターはLAに来ると、非常にしばしば、地元の人が気にもかけないようなレコードを買っていきます。数年前に、ニューエイジ・イージーリスニング系を大量に買い込んだ人がいましたけど、それらはLAのバイヤーからは完全に無視されていたものでした。アメリカ人が過小評価しているアメリカのアルバムって何でしょう?
坂本:1989年か90年だったかな、Peter Iversの「ターミナルラブ」を聴いてショックを受けたんですけど。それ以降このアルバムはずっとお気に入りなんですね。このアルバムが、日本の音楽ファンには高く評価されてたけどアメリカではそうでもない、ってのは聞いたことがあります。当時、「ターミナルラブ」は完全に謎の世界発の音楽に聴こえたんですよ。宇宙的にも、超ミクロにも聴こえたし、同時にすごくセクシーだったんですよね。それで繰り返し繰り返しきいたんですけど、全然飽きない。今に至るまで、こういうアルバムは他に出会ってなくて。もし誰か知ってる人がいたら教えてほしいんですけど。
イ:24時間フリーな時間が与えられたとしたら、アメリカのどこで過ごしたいですか?携帯なし、責任なし、ただ自由に探索するとして。
坂本:サンフランシスコかな。音楽仲間が、SFは世界一くるってる、って言ってたんで。SFの太陽の下でビール飲みながら、何もせずにリラックスしたいですね。それに飽きたらレコード屋に行って。夜はまたビール飲んでリラックス。
※「幽霊の気分で」についての解説が、個人的にはとても気に入っています。
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